国際教育学会設立集会

■場所   同志社大学(寧静館4階N31室)
■プログラム
  設立総会
(1)設立趣旨について
(2)役員について
(3)会則について
(4)その他

  講演会
(1) 加藤五郎                       
(カリフォルニア工科大学サンルイスオビスポ校教授)
     「アメリカの数学教育」

         カリフォルニアにおける数学戦争                    
                            カリフォルニア州立工科大学
                            サンルイス・オビスポ校教授
                                     加藤五郎

一般に次のような因果関係が言えるのではないだろうか。
数学の内容をより高度なものにする。→ 学生のテストのスコアが下がる。ゆえにGPA(平均成績)も下がる。→ よい大学への進学が難しくなり、その学生の数も減る。→ 学生と親が不満を校長や教師に伝える。
 現実が、このようなサイクルに陥ると、 特に裕福な国々によくあることだが、ハングリー精神が足らないためか、「学生と先生がより努力する」という方向より、「数学内容のレベルを下げる」という 方策を選びがちである。その結果、学生のテストのスコアは上がり、GPAも上がる、そして、よい大学へもより多くの学生を送ることができる。学生、親は幸 せということになり、校長も先生方も皆幸せということにもなる。

 これを選んだのが、1990年の中ごろ からはじめた数学教育者(数学者ではない)によるsoft math (やわらかい=やさしい数学(算数))運動である。そこでは厳密性は大切ではなく、正しさもそれほど大切でもなく、魅力的な「創造性」とか「多学問的 (interactive)」といった言葉のもとに、数学が文学化していった。理学部や工学部を出た先生の少ない小学校では、数学の問題に対する作文を書 きなさい(長ければ長い方が良い!)とか、ハサミ、紙を使ってその問題を表現しなさいといった文学化された数学が先生方に好まれることになった。この soft mathでは、正確さと正しさはあまり大切ではないことになる。

 しかし、ここには、「落とし穴」があ る。平均以下(すなわち「C」以下)の学生はほとんどいなくなって、90%の学生が「A」か「B」という成績をもらえることとなる。すると高校で、オール A(GPAが4.00)の学生が、大学に入ると、D(1.00)とかF(0.00)しか取れないことになる。アメリカでは、いわゆるトコロテン卒業はあり えないので、大学を退学となったりする。それで、怒ったのが親であり、自信をなくしたのが学生である。

 アメリカには、数学教育者と言う大学教 師のポジションがある。これはよくEd.D.(Doctor of Education)であるが、このところ数学教育におけるPh.D.が大変に多くなった。数学教育者というのは数学者(Ph.D. in mathematics)とは、私の大学でも同じDepartment(学科)にいるけれど、まったく異なったバックグランドを持った人々である。すなわ ち、学部は、例えば、心理学で修士号は社会学、そしてEd.D.又はPh.D.は数学教育ということも大いにありうるのである。

 このような数学教育者が州から grant(研究費)が、欲しい場合、マイノリティに向けた数学教育についてのプロポーザルを書くと、grantが出やすいのである。しかし、そのような プロポーザルの研究を実際の学校で実施しないとgrantが続かなくなる。そして行われたのが、soft math(ソフト・マス)なのである。しかし、その内容は、あまりにも多くのトピックスからなるので、小学校はとくに(上に言った先生方の乏しいバックグ ランドのため)そして中、高と多すぎるトピックスの中で、いわゆる「楽しくて、やさしいもの」を選んでしまうことになる。中には、難しいトピックスもある が、多すぎて、すべてをカバーできないのである。このソフト マスによる「楽しくて、やさしい」数学遊びは、大学に入れば現実に目を覚まさざるを得ない。calculator(カルキュレイター)に頼りすぎるため、 2÷ =3がわからなかったり、y=5xのグラフすら知らないという大学生も出てきたのである。

 しかし、私立の小中高では、このような 政治的な教育界とは独立しているから、soft mathが、受け入れられることはなかった。マサチューセッツ州のある私立高校では、ソフト・マス(楽しくてやさしい)とは程遠い、伝統的なハード・マス を教え、C(2.00)かB(3.00)であれば、ハーバード大学に十分な成績であった。サンフランシスコから来た私立高校出身の学生は、GPAは2以 上、3以下、すなわち、C平均の学生は、私の勤める大学に来てからは、Bより下になったことはないと言っていた。一方、公立のゆとりある(ありすぎる)教 育ではA+(4.00+α)でも、ありふれた州立大学に入学してからD(1.00)やF(0.00)よくてC(2.00)ということになる。

 それで、伝統的には、コチコチのキリス ト教信者の子どもが多かった、ホーム・スクーリング(home schooling)が、公立の学校の学力の悪化のため、ここ6、7年特に見直され(私の息子も中学2年からホーム・スクーリングをした)、今、その数は 増える一方である。と言うのは、いわゆる良くできる学生は、公立の教育では、退屈してしまうのである。このホーム・スクーリングは、いわば、ultra- private school(ウルトラ 私立学校)であろう。ソフト・マスによる、ただ時間を必要とするだけの宿題をやる必要もないので、大変efficientな(効果的な)教育ができる。

 カリフォルニアでは、学生退学などで、 back fire(バックファイヤー)したので少しずつ伝統的なハード・マス(hard math)に戻りつつある。しかし、ソフト・マスの最盛期に高校を通学した学生は、やり直しは大変である。子ども5人中1人だけ、ソフト・マスで教育を受 けて、工学に行けなかった息子がいると私に話した人もいた。入った大学でも、ソフト・マスのおかげで、大学の数学の授業について行けなかったとのことで あった。

(2) 西村和雄(京都大学教授)               (3) 参加者の意見交換

「学会に期待するもの」