西村
たしかに、小学校から高校までの教育が基礎です。その中でも、「読み・書き・そろばん」と言われるように、算数・数学と国語力が基礎となります。  教科の中には、基礎科目があり、その基礎科目の中にも、その後の学習の基礎になるものがあります。そのことをふまえた上で、応用力・開発力をつけることで、国としての科学・技術・文化があるのですから。

加藤
今世紀の国際語である英語は、遅くとも小学1年から始めるのも大いに結構なことでしょう。言葉(何語でも)なんてものは、小さいときに始めた方が後で苦労しないですみます。国際化は、これからも加速していくことでしょうから、鎖国の真似事なんかをこの世紀にしていたら、後で取り返しのつかないようなことになってしまうでしょう。国際化は、豪快にかつ積極的に進めるべきでしょう。そうでもしなければ、世界の競争に勝って進めないと思うのですが、どう思われますか。

西村
英語といっても、外国語としての英語については、小学校、あるいは小学校入学前には、徹底して、「聞くこと」、「話すこと」ですね。英語で遊んで慣れることです。決して、英語を勉強することではありません。  ところが、それを誤解して、日本人の小学校の先生が生徒に教えるために英語の発音を勉強したりしています。日本人の先生が英語を教えるくらいなら、ネイティブによるビデオを生徒に見せた方がよいです。  小学校で、ネイティブの発音を聴き、それに近い発音を覚えると、中学では、会話ではなく、英語の論理的な文章を読むことが必要です。  ところが、今の日本の教育では、中学三年間、学校で会話を学習します。会話を中学で学ぶのは、もう遅すぎます。通常の文章を読まず、文法も習わないので、高校に入学した時点では、主語と述語の区別もつかなくなっているのが現状なのです。  小学校では英会話を遊び、中学からは英語の文章を読む、これは日本語の力をつけることにも役立ち、算数・数学の学習とともに、論理力と読解力をつけることにつながると思います。残念なことは、そのことに気づいていない日本人が多いのです。 日本語だと、文法は知らなくても、誤った使い方には、何となく不自然な感じを受けます。これは、母国語特有に持てる感覚なのでしょうね。

加藤
英語でも、母国語はmother tongueですから、「母の舌」ということです。国際結婚でも、赤ちゃんは母親の話す言葉をまず覚えるという説は聞いたことがありますが、大体そのようです。しかし、日本人生まれの日本夫婦でも、子供の前では日本語を使わずに育てたという人に会ったことがあります。もったいないことだと思いました。アメリカで生まれた子は、親が家でいくら別の言葉を話していても、英語は自然に完璧にマスターできるものです、小中高と学校さえ行けば。社会とは、そのくらいパワーのあるものです。ノルウェーから来たセルバーグ教授(数学者)の話では、奥さんと2人が友達と話していた子供にノルウェー語で話しかけたところ、「二度と自分の友だちのいる前で、ノルウェー語を使わないで欲しい」と強く言われたそうです。おもしろいことに、今では、この子の子供すなわち孫は、おじいさん(セルバーグ教授)にノルウェー語を学びたくてしょうがないということです。子育ての難しさ!

西村
外国で暮らした子供が、日本に帰ってから、一切、外国語を話したがらなくなることが多いのです。外国語を話すと、友人にいじめられるのでしょうね。

加藤
私は2008年の6月で36年米国で暮らしたことになりますが、話す方は大丈夫です。母国語を忘れることは、よほど頭の悪い人だと思いましたが、それだけではなく、どうやらそれは語学的センスがあるかないからしい。と言いますのは、母国語がうまく話せなくなった人は、英語も下手なのです。母国語を30年、40年経っても、しっかり話せる人の英語はしっかりしたものなのです。日本人でありながら、日本語がしっかり話せなかったり、書けなくなったりすることは、私にとっては、日本人として誠に惨めなことのように思われます。英語に、If you don’t use it, you will loose it(使わないと、失くしてしまう)という諺があります。そこで、1972年以来、日記は日本語で付けています。それでも今、書いている自分の文章を読んでみると、何か少し変な感じがします。そして毎日使わないことの怖さが少し分かったような気がいたします。毎日やるか、やらないかは語学のみならず他の分野でも言えることなのかもしれません。

西村
文法のようにルール化されないニュアンスは、子供のうちに学ばないと身につきません。日常的に話していないと、そのニュアンスが分からなくなるのでしょうね。

加藤
話す方は大丈夫と言いましたが、ある意味で正しい日本語でありすぎて、一度日本に帰国中に飲み屋で、「お客さん、明治の人のように話しますねぇ」と言われたことを思い出しました。逆に、ここ36年内に、日本にいる日本人の話し方が、大きく変わったことが一つあることに気がついています。説明しにくいし、実演も難しいのですが、人の賛成を促すような話をされる人が多くなったということです。日本にずっといたら、この変化には気がつくことが難しいのかもしれませんが、私には、それが1972年以後に現れた日本語の新しい話し方と分かります。
これは、英語でも変化は同じことで、3,40年ぶりにアメリカに戻ったという人も、「はやり言葉」や「スラング」はよく変わるし(私がここに来てからも、いろんなスラングが現れて、消えていきました)、気をつけないと自分の母国語が英語でも、特に若い人と気さくに話していると、30%くらいがスラングの表現であったりして、理解しにくくなることもあります。

西村
加藤さんの日本語も表情も、若い時と比べると、少しアメリカなまりとでもいうものが入っているように感じます。それとも、加藤さんは変わっていなくても、今の日本人や私が変わったのでしょうか。

加藤
社会が人の顔を変えると言いたくなるほど、時代が変わり、そして社会が変わり人の顔もただの流行を超えたところまで変わるように思われます。と、言いましても、そんなに早くDNAの構造が変わるわけでもありませんから、骨は変わらなくても顔の肉が動くより変わりようがありません。カメレオンはハダの色を周りの色によって変えることができるように、人も社会から出ているその時代の社会向きの顔に近づける能力があるのでしょう。化粧とかはやりのヘアスタイルとか表面的変化を言っているのではありません。 幕末とか明治時代の人の顔は、21世紀の日本人とだいぶ何か根本的な違いがあるように見えます。体の構え方、姿勢も、食べる物も、人生の豊かさも大いに異なります。考えることも、考える方法も異なるのでしょう。人種が同じなら、国々の独特の顔つきは、その国の社会によって5割くらいは決まってくると言いたくなってしまいます。日本人だって、4分の3くらいは、ちょんまげが似合うようないわゆる典型な日本人のような顔をしていますが、あとの4分の1は、見るから韓国的な顔であったり、ベトナム的、インドネシア的、モンゴル的、南太平洋の島々的な顔です。
私のように、時々日本に帰って、日本人の顔を拝見させてもらう者には、ここ30年、40年の間に、日本人のはやりの顔は、北方型アジア人の顔から南方型アジア人の顔に変わってきているように見えます。これは、あくまでも日々、白人・ヨーロッパ系の顔を見て生活している者の目には、そう感じるということです。この見解が、当たっていたら興味のあることですし、間違っていたら、どうして私の目にそのように日本人の顔が見えるのか、その理由を探すのも興味があります。

西村
はやりの顔は確かに変わっています。昔の映画スターと今の人気タレントでは、骨格、顔のタイプも違いますからね。

加藤
どうしてこんな話題を始めたのかといいますと、アメリカの日系二世の顔がすでに、日系一世、すなわち日本からアメリカに渡って来た日本人の顔と何か本質的に異なるのを感じたからです。それと、日系でも中国系でもアジア系の二世以降は、みんな共通分母を取ったような顔つきになるということです。これは、フランス系、ドイツ系、ポーランド系・・・のヨーロッパ系でも似たようなことが言えるでしょう。デンマーク生まれの米国に住む友達が言っていました。「うちの娘がいくら自分がデンマーク人と思っていても、デンマーク人のことは、まったくわかっていない。」私の息子がいくら柔道が好きでも、そして、黒澤明の映画がいくら好きでも、日本人ということは、まったくと言っていいほど解っていないのでしょう。日系二世も、その点チンプンカンプンだと思います。話にはよく聞くが、実感というものが伴わないと言っていいでしょうか。
日系アメリカ人の顔の筋肉は、緊張しておらず、リラックスしているように私には見えます。「切腹して国は豊かになる」という切羽詰まるという緊張感がないどころか、日系アメリカ人は、そんなものがまったく欠けているような雰囲気です。

西村
ハワイやカリフォルニアでは、日系のアメリカ人が多いですが、日本人とは違う雰囲気がありますね。

加藤
そういう本家本元の日本も、裕福病で、切羽詰るような厳しい姿勢の人も減ってきているのでしょうか。私も、一応、日系一世ですから、もう少し話しますと、この露骨な競争社会であるアメリカで、生活してゆくには、3本立ての、「憧れ」「切羽詰り」「夢中」を、お手玉、いやジャグリング(juggling)でやってきたようなものです。 しかし、50歳代になってからは、「悠々と」といった感じよりは、「伸び伸びと」やっている思いです。